産科は古くから’Bloody bussiness’と呼ばれるほど出血する機会が多い領域です。特に産後出血は常に妊産婦死亡原因の上位に上げられます。Low risk分娩であったとしても、3%に1リットル以上の分娩時出血があり、0.2%に輸血が必要になるといわれています。経膣分娩・帝王切開を問わず常に大量出血の可能性を念頭に分娩を取り扱わなければいけません。産科出血で大切なこと、それは出血を予測することと出血がおきた時の初期対応だと考えます。
巨大な子宮筋腫がある場合や、前回帝王切開の部分に胎盤が付着している場合など帝王切開の際に大量出血が予測されます。そうした場合は産婦人科だけでなく放射線科の先生や麻酔科の先生方、高次医療の先生方とチームを作って対応をする必要があります。そうした面では岐阜大学には日本でも有数の医療スタッフがそろっており、集学的な治療を得意としております。放射線科の先生には、血管内でカテーテルのバルーンを駆使してもらい、術中出血のコントロールをします。麻酔科の先生には術中の全身管理を、高次医療の先生方には術後の管理をお願いします。近年増えている産科出血に対応するためには産婦人科内だけではなく、他科の先生方とコミュニケーションを取りながらより安全に分娩ができるように心がけているのです。
そうした超ハイリスク症例だけではなく、通常の分娩でも産後に大量出血が起こることもしばしばあります。その際はいかに素早く初期対応を行うのか、いかに正確に状況を把握するのかが大切になってきます。産科出血では短時間で大量の出血が起こることもあるため、母体の状態が急激に悪化する可能性があります。出血の状態、vital
signなどの情報から、どのような処置や薬剤が必要なのか?輸血がどのくらい必要なのか?どのくらいのマンパワーが必要なのか?をほぼ瞬時に判断し素早い対応が必要とされます。自施設での対応が困難であれば遅滞なく救急搬送を決断しなければいけません。岐阜は放射線科の先生方、高次医療の先生方の強力なバックアップもあり、他施設からの産後出血への対応も日本でも有数の体制を構築しています。元々妊婦さんは基本的には元気な人なので、母体が危機的な状況になる前に適切な対応が行われれば、ほぼ100%妊婦さんは無事に助かります。分娩はそうしたリスクと背中合わせであるという認識を常に持つことで、不測の事態に素早く対応できるように産婦人科医の神経は鍛えられているのです。
日々の注意を怠らず患者のリスクを評価すること、正確に患者の状態を把握して素早く対応すること、自分の限界を把握してほかのスタッフに協力を依頼すること。産科出血により安全に対応するために必要なことは、いずれも医師として当たり前のことばかりです。人は慣れてしまうと大切なことを忘れてしまいがちですが、産婦人科医は分娩を取り扱う上で日常的にリスクを実感することができるため、日々の診療に埋没することなく医師として大切なことをいつも心に刻んでいるのです。